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『想いが届く時』【16】最終話

2012.10.12(23:55) 733

『想いが届く時』【16】最終話-決意- 



 雅樹と付き合い始めたナオは、新しい環境を求めたい気持ちになっていた。雅樹に相談してみる。

「ねぇ? あたし会社辞めてもいい?」

「はぁ? どうしたんだよ、いきなり」

「ちょっと前から考えてたんだけど、少し離れたとこから雅樹の事見てみたいと思ったし、飯野さんや矢城くんのためにも、あたしはいないほうがいいような気がしてるんだ」

「いない方がいいとか言うなよ。ふたりはナオがいなくなったら寂しがるぜ」

「姿が見えちゃうと、気持ちが離れにくくなると思うんだよね。特に矢城くんの視線が想像以上に痛い……。それに、自分自身のためにもなんか環境を変えたいってゆうかさ……」

「俺の事は? なんで離れたいわけ?」

「やだな~。離れたいわけじゃないよ。近くにいすぎると、気付かない事もあるし、離れて見て気付く気持ちもあるでしょ? あたしはもっと、違う目線で雅樹の事を知りたいと思ってるんだ。間違ってる?」

「間違ってるかどうかはわかんねーけど、ひとつの考え方なんだろうな~。ナオがそうしたいなら、いいんじゃない? でも、俺はナオがどこにいても、離さねーからな!」

 ドッキュン!

「就職決まんなかったら、俺の家に就職するって手もあるぜ?」

「なにそれ? いきなりプロポーズ?」

「決まんなかったらって言ってんだろ! プロポーズはちゃんと準備してからにすっから安心しろよ」

「え……。なら、決まんない方がいいのかな……」

「オイ! まだ準備不足だ! 焦るんじゃねーよ」

「アハハッ。焦ってんのは雅樹の方じゃ~ん! ハー、可笑し」

「黙りやがれ」

「――――! ……」

 ナオは雅樹の唇で黙らされてしまった。





 1週間後。阿佐川社長に事情を話し、納得行かない社長を説得した。飯野は驚き、矢城はしばらくショックを隠しきれずにいたが、ナオの決意が固い事に、渋々納得した様子だった。





 ――2ヶ月後――

 仕事を辞めたナオは、堀河建設の契約社員として、1年だけ働く事になった。その後は要相談と言う事で、話がついていた。それは父親の口添えに寄るものだったのだが、こんなタイミングで、父親のコネが役に立つとは。
 堀河建設は、ナオの家から通うことが不可能な為、単身赴任用の社宅を借りる事になった。ナオは、1年間と言う期間は、自分達の関係を冷静に見られるチャンスだからと、反対する雅樹を説得したのだ。


 そして今、ナオと雅樹は新幹線の中にいた。

「雅樹……。そろそろ時間だよ」

「ナオ。新しい職場で既婚者に目を向けるなよ。お前には俺がいるんだからな」

「わかってるよー。もう以前のナオじゃないんだから! 雅樹の方こそ、新しい子に好かれないように、彼女いるんだぜアピール忘れないでよね!」

「……んっ……」雅樹の唇が触れる。

「俺が他の女に惚れるわけないだろ?」

「……雅樹ったら。あんたの唇にリップついちゃったじゃない」

「じゃ、もう一回……」

「バカ! もう発車時刻になるってば!」

「俺もこのままナオと一緒に行きたいよ……」

「1年なんてあっとゆう間だよ? その1年は、お互いに自分の気持ちを確かめ合う貴重な時間なんだから。雅樹だって気を引き締めてよね!」

「わかってるよ。毎日電話するからな。必ず出ろよ!」

「何、子供みたいな事言ってんの? メールでいいじゃん? そんなに信用出来ないんだったら、帰って来ないから!」
「冗談だよ。俺だって毎日は出来ねーよ」

「雅樹……。あたしだって不安なんだよ? でもあたし達にとっては大事な1年になるはずだから……」

「ああ。しかし、まさかまた遠距離になるなんて思わなかったな。俺の試練か?」

「会いに来てくれる?」

「なんだよ。改まって。当たり前じゃん」

 ふたりはさっきより長いキスを交わす。


 発車のアナウンスが流れる。


「ヤベ! 降りなきゃ!」

 雅樹があわててホームに出ると、手を振りながらナオを見送った。


 ナオは、今までの自分を変えるつもりでいた。禁断の恋に走らない為にも、ちゃんと雅樹を見つめ直し、雅樹を愛せる自分になって、雅樹からも愛想つかされない人間になりたい。先の事など誰にもわからない。目の前の現実を受け入れ生きて行くしかない。

 飯野、矢城、雅樹、そしてナオ。
 それぞれの気持ちを言葉にした事で伝わった想い。それが辛い現実だったとしても、後悔するのではなく、前に進めるひと言だったりもするのだ。

 ナオがふっーと息を放ち、上を向いた時だった。


「お隣、座らせてもらっていいかな? って、僕の席だからいいんだけど」


「――――――――!? な、な ん で?」



 ――――――声の主は飯野だった――――――。



 実は、新幹線の手配をしたのは飯野だった。雅樹から話を聞いていた飯野は、自分も出張の予定があるから、ついでに手配すると言って、ナオと同じ日に合わせたのだ。車内からふたりの様子を見ていた飯野は、発車してから雅樹の姿が見えなくなると同時にナオに話しかけた。

「僕も出張なんだよ」

「そ、そうなんだ……。げ、元気そうだね……」

「ああ、何とかね。しかし、雅樹から聞かされた時は驚いたよ。ナオちゃんの相手が雅樹だったとはねー。ふたりの男性から想われてるって言ってたひとりが雅樹だったわけか。まあ、雅樹とは最初から仲良かったもんな。結ばれて当然だったのかもしれないけど」

「う、うん……」



 これが目の前の現実? そう言えば、飯野が時々関西方面に出張していた事を思い出す。

 理性とは裏腹に高鳴るナオの 鼓 動 ――――。波乱の前兆か?

 果たしてナオは、心の鍵を開けずに、雅樹の元へ帰って来る事が出来るのだろうか…………。

 信じるしかない。
 雅樹を。
 飯野を。
 そしてナオ自身を。
 






    ―完―









【あとがき】

『想いが届く時』を最後まで読んで頂いてありがとうございました。想いの強かったひとを諦めるには、やはり次の恋愛に向かうしかないと思うのですが、現実ではなかなか難しいものです。その心の優柔不断で、断ち切れない部分を小説にしてみました。
 誤字・脱字・表現等、お気づきの事がございましたら、ご指摘くださると有難いです(未公開とします)。

 尚、この小説は全てフィクションであり、文中に掲載されている場所・名称等はすべて架空のものです。実在する場合、それらとは全く関係性のない旨、ここに記しておきます。




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『想いが届く時』【15】

2012.10.07(01:40) 732

『想いが届く時』【15】-想いは届く-


 飯野は、みんなに心配をかけてしまった事を詫び、菓子折りを配りながら、自己管理に努めます。と苦笑いした。

「しかし、こんな小規模な会社なのに、いろいろあるなあ〜。他のみんなも気を付けてくれよ。何かあっても、今まで通り協力して補ってやって行くしかないからな。宜しく頼む」と社長が頭を下げた。

 矢城は、大騒ぎになっていた事など全く知らなかった為、自分だけ除け者になった気分だと言って、ちょっと不機嫌気味だった。しかし、ナオは矢城がその場にいなかった事は幸いだと思っていた。飯野の妻との事がバレずに済んだからだ。話が逆戻りして、ややこしくなるとこだった。

 その日の夜。ナオは飯野にメールするのを躊躇っていた。自分の気持ちをちゃんと伝えたいと思いながらも、なんて告げればいいのか迷っていたのだ。

 その時。

 ブーッ、ブーッ、ブーッ――――。携帯のバイブ音が鳴る。


 着信? うわ! 飯野さん――。なんたるタイミング。


『はい……』

『あ、僕だけど』

『うん……』

『心配かけてごめんね。それと、病院まで来てくれて本当にありがとう……。直接伝えたかったから電話しちゃったけど、今、大丈夫だった?』

『うん……。大丈夫だよ。飯野さんの方こそ大丈夫なの?』

『ああ……。今、息子と残りの荷物を取りに行ってるとこだから』

『そっか……。良かったね、奥さん達が戻って来てくれて』

『ナオ……、僕はこれから家族と――――』

『飯野さん! それ以上言わないで。あたしね、飯野さんの事、今でも大好きだよ。だけど、その気持ちは心にしまって鍵をかけようと思うの。その鍵を開けなくて済む事を願ってね……。これからは自分の道を探しながら歩いて行こうと思って。少しずつ想い出に変わって行くようになればいいかなって思ってる。同じ職場だから、ちょっと照れ臭いけど、頑張って仕事するから見守っててくれる?』

『もちろんだよ。でも、困った時とか辛い時とかあったら、頼っていいんだからね。たまには飲みにも誘うかも知れないし』

『うん……。あたし、飯野さんに出会って、ちょっとだけ大人になれた気がするの。だから、もう暴走はしないと思うよ』

『ハハハ……。僕が止めるから大丈夫だよ。ナオちゃんは直ぐに顔に出るからな~』

『やだ! 気を付けなきゃ!』

『ナオちゃん? 僕も君への思いは変わらないよ。ナオちゃんの幸せを心から祈ってるから。お互いに守るべきものを大切にして生きて行こうね。本当にありがとう』

『お礼を言うのはあたしの方だよ。感謝してます。ありがとう。やだ……。泣きそう……』

『僕も……。じゃあ、泣かないうちに切ろうか? 笑顔のままがいいからね』

『うん。じゃあ……またね。おやすみなさい……』

『おやすみ……』


『『ツ―、ツ―、ツ―』』


 これでいいんだよね? 飯野の声を聞いて、やっぱりナオは堪えきれずに泣いた。飯野が“ナオ”と呼ばなくなったことで、関係が薄くなった事を告げていた。だが、以前流した涙とは意味が違っていた。

 ナオの想いは、心の中で繋がったのだ。たとえそれが一時の事であっても、飯野の心の中にナオがいる事が嬉しかった。




 後日、ナオは自分の気持ちを雅樹に伝えた。

「あたしの今の気持ち、聞いてくれる?」

「ああ」雅樹はナオの目をじっと見つめる。

「あたしの雅樹への気持ちは、まだはっきりしたものじゃないんだけど、雅樹の言葉に助けられたり、一緒にいる時の安心感は友達以上だと思ってる。雅樹は待つって言ってくれたけど、もしかしたら、雅樹に好意を持つ女性(ひと)が現れるかも知れないし、雅樹だって他に好きな女性(ひと)が出来るかも知れないじゃない? それはあたしにも言える事だけど、今、一番近くであたしのそばにいて欲しいって思うのは、やっぱり雅樹なんだ。でも、あたしの中にはまだ飯野さんがいる。多分、ずっと……。だけど、ただそれだけ。あきらめるとか、忘れるとか考えてない。そんなあたしでも雅樹は受け止めてくれる? 友達から恋人に発展するのかわからないけど、付き合ってから見えてくる事もあると思うんだよね。どうかな?」

「どうかな? って……。つまり、俺は、ナオの彼氏に昇格したって事でいいのか?」

「昇格って! ちゃんと聞いてた? あたしはまだ雅樹が好きかどうかわからないんだよ?」

「付き合うってさ、お互いの事をもっと知りたいって思うからだろ? 他に好きな人が出来るかどうかなんて、そん時は考えないさ。今の気持ちが大事。違うか? 俺はナオが飯野さんを想ってる事を承知の上で好きになったんだ。だから、俺のナオに対する気持ちはそん時からずっと変わってないぜ?」

「――――雅樹…………」

「実はさ。ちょっと前になるんだけど、真由から連絡があったんだ……」

「えっ! ……」

「一週間日本にいるから、会えないかってさ」

「で? 会ったの?」ナオはなんだか胸騒ぎを覚える。

「ああ。まあ、旧友に会う気分だったけどな。真由はなかなか海外生活に慣れない上に、旦那が忙しくて自分の事ちっとも構ってくれないだとか、愚痴ばっかりこぼしてたよ。そんな事聞かされたところで、俺にどうしろっていうんだよな? 何にも出来る事なんかねーよ」

「会ったのは……、1回きり?」

「当たり前だろ? 俺たちは別れた時で終わってるし、真由に会っても何も感じなかったしな。それだけ気持ちがナオに向いてるって思った瞬間でもあったんだ。真由は、俺を誘えば抱いてくれるとでも思ったのかも知んねーけど、俺はもう真由に愛情は感じてないからな。だからはっきり断ったよ。俺には好きなやつがいるから、俺に何か期待するんだったら、連絡するのはやめろ。ってな」

 ナオの心拍数が上がる。


 雅樹ってちょっと軽い男だと思ってたけど、めちゃくちゃ男らしいじゃん! 何? この胸の鼓動は。もしかしたら、あたしは雅樹の本当の姿を知らないだけなんじゃないの? 真由ちゃんも雅樹の強いとこと、優しいとこ知ってたから、長いこと付き合ってられたんじゃない? あたし、雅樹の事好きになってるかも知んない。


「ナオ? どうした? 真由の事話したのがまずかったか?」

 ナオが首を横に振る。

「あ、そっか、元カノに会ったのが気に入らないのか?」

「違う……」

 ナオは何をどう言えばいいのか混乱してきた。というより、心が何処に行ってるのかわからなくなっていた。その心の動揺は、真由の事を聞いた瞬間に、はっきりした事を意味するのだ。

「変なやつだな~。いつもなら、もっと言い返してくるじゃんかー」

「変……なんだよ……あたし。雅樹が真由ちゃんに会ったって聞いた瞬間、ここが痛くなった……」ナオは胸に手を当てる。

「胸が痛くなった? なんだよそれ。――――ん? もしかして、ヤいてんのか? ナオが俺にヤキモチ? って、事はつまり――――俺に気が向いて来たって事か? マジで? な? そうなのか? そうなんだよな?」

「何ひとりで納得してんのよ!」

「違うのか?」

「違わないかも……。あたし、ほんの数分で、雅樹に落ちたかも知んない……」

「それはないね! 今までがあってこその数分だよ。ナオの気持ちを確かめる数分。俺さ、隠し事出来ないだろ? 真由の事だって、今日じゃなくても話してたと思うし。結果的にはそれがナオの気持ちを動かしたってわけだよな? スゲーな。人を想う気持ちってさ、いつ届くかわかんないもんだな」

「雅樹……。あたし……、もっと雅樹の事知りたい!」

「もう隠し事なんかないぜ? 合コンにも行ってねーし」

「そーじゃなくて。なんてゆうか……、いろんな事だよ!」

「これから知ればいいんじゃね? 俺もまだナオの性感帯、ちゃんと把握してねーしな」

「! せいかん――――。アトデイジメテヤル……」ナオは唇を尖らせて呟く。

「ん? 今なんて?」

「あたしも知らないって言ったのぉ!」


 ふたりの関係は、友情から愛情に変わろうとしていた。




 翌日、ナオは矢城に気持ちを告げた。

「そうか……。やっぱり俺じゃ役不足だったんだね……。でも雅樹さんなら仕方ないか。ナオさんも雅樹さんに気持ちがあるなら、俺は引き下がるしかないね……。でも俺は、ナオさんを好きな気持ちは変わらないから。初めて本気で好きになった女性だし、俺を変えてくれた人だからね。自分に少しでも自信がついたのはナオさんのお蔭だと思ってるし」

「あたしのお蔭なんかじゃないよ! 矢城くんには強い意志が潜在してたんだよ。その力のお蔭で、あたしは命を助けてもらったんだもの。感謝してもしきれないのはあたしの方だよ」

「それは違うと思うなー。ナオさんには強い生命力があるんだよ。見えない力が守ってくれてるのかも知れないし。俺はきっと、その手助けをさせられただけな気がする」

「させられたって……」

「だから、もう、俺に助けられたとか思わないで。俺もあの事故がなければ、弱い人間のままだったと思うしね。俺の強さを引き出してくれたのはナオさんだから、ナオさんに出会えて、ほんとに良かった。まだしばらくは引きずりそうだし、簡単にあきらめがつかないとは思うけど、ナオさんに迷惑はかけないようにするから、このまま好きな気持ちでいる事だけは許してくれる?」

「許すだなんて、そんな事……。それほどまでに想ってもらえるなんて、恐縮しちゃうよ~。ありがとう……。気持ちに応えてあげられなくてごめんね。でもあたし、矢城くんの事、好きだよ。それは愛情とは違う意味だけど」

「わかってるよ。そう言ってもらえるだけで、生きていけるよ」

「大袈裟だなあ~」

 ナオが飯野を想っていたように、矢城もナオを想っているのだ。ナオは、矢城の気持ちが手に取るようにわかるのと同時に、飯野の気持ちも少しだけわかった気がした。

「あ、そうだ。ひとつだけ謝っておかなきゃ」矢城が思い出したかのように言った。

「何を?」

「ナオさんを犯しちゃった事」

「――――――!」

「自分の嫉妬心と欲望だけで、ナオさんを自分のものにしようとした事は、やっぱり謝るべきだと思って……。ごめんなさい。今更許してはもらえないかも知れないけど……」

「……矢城くん……。その事は、ふたりだけの秘密にしておいて欲しいの……。これからもずっと。だから、ほんとの事言うね……」

「ほんとの事?」

「矢城くんは、気持ちだけじゃなく、身体の方も自信持っていいと思うよ。あたし達は合意の上だった……。そう思ってもらって構わないから……」

「ナオさん――――。俺の想いはその時間だけ届いてたって事なんだね……。嬉しいよ。ほんとに。秘密どころか、一生の想い出としてしまっておくよ」


 矢城は、ナオを抱き締めたい衝動を必死に堪えたのだった。


 




『想いが届く時』【16】へ続く






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『想いが届く時』【14】

2012.09.28(23:38) 731

『想いが届く時』【14】-妻-


 ナオは、雅樹と矢城に気持ちを伝えようと思いながらも、なかなか言い出せずに数日が経過していた。その日の夕方、飯野が帰社すると、作業中の従業員の三田が声をかける。

「飯野さん、お疲れのところすみません。今日、矢城が私用で早仕舞いしてるんで、ちょっとお手伝い願えますか? もう少しで片付くんですが……」

「おう。今行く」

 そうか、そういえば矢城くん、明日妹さんの結婚式だとか言ってたな。雅樹はもう少しかかりそうだし、帰ろうかな~。お母さん今日は夜勤だっけ? などとぼーと考えながら、ダラダラと帰り支度をしていた時だった。作業所から叫び声が聞こえて来た。

《飯野さん! しっかりしてください! 飯野さん!》

 飯野さん?

 ナオが慌てて作業所に行くと、飯野が床に倒れ込んでいた。

「飯野さん! 飯野さん!」返事がない。

「救急車! ナオ! 救急車を呼べ!」雅樹が叫ぶ。

「は、はい!」

 救急車は数分で来た。

「雅樹、悪いが、飯野くんの荷物を持って一緒に乗ってくれ。私は早苗さんに連絡をとる。残った者は、心配だろうが、作業だけは終わらせてくれ。私も手伝うから。雅樹、病院から様子を連絡してくれないか?」

 社長が皆に指示する。

「わかりました!」

「あ、あたしも病院に行きます! 行かせてください!」

「ああ、頼むよ」

 雅樹とナオが救急車に乗り込む。

「飯野さん、しっかりして!」

 ナオは不安で半泣き状態だった。



 ――病院――

 検査が終わり、点滴を打たれた状態で病室に運ばれて来た飯野。

「ご家族の方は?」医師が尋ねる。

「あ、間もなく見えるかと思います。俺達は会社の者なんですが、飯野さんの容態をお聞きしてもいいですか?」

「ご安心ください。貧血を起こされたようです。だいぶ疲労がたまっている様子ですから、2・3日ゆっくり休ませてあげてください。今は薬でぐっすり眠っていますから、明日になれば、だいぶ回復するはずですよ。ご家族の方が見えたら、私から話しておきますからね。お大事にしてください」

「ありがとうございました」二人は頭を下げた。

「はぁ……。良かった……。何でもなくて……」ナオは病室の椅子に座り込む。

「俺、社長に連絡してくるから」

「うん」

 雅樹が病室を出て行った。

「飯野さん、びっくりさせないでよね……。どうなる事かと思ったよ……。やっぱり一人暮らしは大変なの? 神経が疲れちゃったのかな……。あたしに何か出来る事ないの? たまには甘えたっていいのに……」ナオは眠っている飯野に向かって独り言をつぶやきながら、そっと手を握った。

 ビクッ!

 飯野の手が、一瞬握り返したような気がした。そこに雅樹が戻って来て、慌てて手を引くナオ。

「社長もほっとしてたよ。でも、ほんとにびっくりしたよな。ガタガタって音がしたから振り向いたら、飯野さんが倒れてるんだもんなー。何の冗談かと思ったよ」

「ほんとよね、どんだけ疲れてたのよ」

 その時、ドアが開く音がした。

 スーッ、ガタンッ。

 女性がひとりで入って来た。ノックもせずに。

「あなた……」

 奥さんだ。二人がベッドから離れる。

「倒れたって言うから、びっくりしたじゃない。もう、心配させないでよ……」

 彼女は飯野の顔を撫でると、安堵の表情を見せ、二人の方へ顔を向けた。

「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした……」

「いえ、いえ。迷惑だなんて、全然ですよ。大事に至らなくて良かったです。俺達も安心しました。じゃあ、俺達はこれで失礼します」

「ありがとうございました」

 二人が病室を出て歩き始めると、再び飯野の妻が追って来た。

「あ、あの……」

「はい?」

「雅樹さんと、えっと……」ナオの顔を見る飯野の妻。

「あっ、……美坂です」

「みさか、さんね……。お二人にちょっとお聞きしたいのですが、仕事はそんなに大変だったのでしょうか?」

 二人は顔を見合わせる。

「そうですね〜。まぁ、仕事ですから大変には違いないですけど……。飯野さんは今までずっと忙しかったですし、それなりにペース配分出来る人でしたから、特に忙しくなったわけでもないとは思うんですけどね。ただ、最近ちょっと痩せたかな、とは思ってましたけど……」

「そうですか……。やっぱり私のせいですね……」

「えっ? 奥さんのせいだなんて……。何でですか? 何か……あったんですか?」

「雅樹、止めなよ。飯野さんは無事だったんだから、そんな事……」

「いいんです。……。実は私……、暫く家を出ていて、主人とは顔を合わせてなかったものですから……」

「それはつまり……、別居……中……?」

 ナオは逃げ出したかった。

「まぁ……、そうですね……。別居って言っても、実家に帰っていただけなんですけど。私があの人を追い詰めてしまったのかも知れません……。先生にも言われてしまいました。軽い栄養失調状態ですから、スタミナ付けてあげてください、って。今時、いくら軽いって言っても栄養失調だなんて、有り得ませんよね? 食事も喉を通らない程だったんでしょう……。私もいい加減、意地を張るのは止めようと思います。また皆さんにご迷惑はかけられませんもの。あ……、栄養失調の事は秘密にしておいてくださいね。お恥ずかしい事ですから……。本当に……ご心配をお掛けしました。これからも主人の事、よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。

「こ、こちらこそよろしくお願いします」二人は同時に頭を下げた。飯野の妻は病室へ戻って行った。

「驚いたな。別居中だったなんてさ。奥さんにバレちゃったってわけか……。飯野さん、正直だからな。はぁ〜、今日はなんだか心臓が疲れたな〜。予想外な事が続いてさ」

「…………」ナオは動けないまま。

「ナオ? 大丈夫か? ちょっと座るか?」雅樹が待合室の椅子に座らせる。

「そんなにショックだったのか? 別居してた事が」

 小さく首を横に振るナオ。

「あ、もしかして知ってたんか?」

 コ、ク、リ。

「そっか……。ナオは飯野さんの事は何でも知ってるんだな……」

「逆だよ……」

「逆?」

「あたし……、飯野さんの事、なんにも知らないんだ。仕事の顔と酔った顔と……優しい手の温もりだけ……。プライベートはなんにも知らない……」

「知る必要あんのか?」

「……ふっ……。そうだね……。あたしね、初めてだったんだ~。奥さんと位置付けられた人と直接話たのって」

「位置付けられた人?」

「今までも妻帯者の人と付き合った事あるけど、奥さんの存在は言葉だけだった……。好きになった人の奥さんに会うって、こんな気分になるんだなぁって、今更気づかされたよ……」

「こんな気分て?」

「なんて言ったらいいんだろ? ……敗北感? 別に勝負してたわけじゃないけど、これ以上深入り出来ないってゆうか、強制終了させられた感じ。……。だけど不思議と嫉妬してない自分に驚いてる。なんで……かな?」

「踏ん切れたんじゃねーか?」

「う~ん……。飯野さんの奥さんがいい人だからかな? 飯野さんを見る優しそうな眼差し……。大人しそうだけどしっかりしてるようにも見えるし……。あの人なら安心して飯野さんを任せられるって思えたのかも……」

「おまえ何様のつもりだよ―。奥さんなんだから、任すも何もねーだろうよ」

「ふ……。だよね。なんかね、飯野さんが奥さんの事、2度は裏切れないって言った意味が、なんとなくわかったような気がするんだ……」

「あきらめ……られそうか?」

「まだわかんない。でも、なんだか心の中がスッキリして行くのがわかる……。今までには感じた事ない気持ちになってる……。それに、あたしの気持ちも飯野さんに負担をかけてしまったのかも知れないし……。ホントはね……。雅樹と矢城くんに伝えたいと思ってた事があったんだ。……でも、言わない事にした。自分の心に留めて置こうと思う……」

「なんだよそれ。気になるじゃんか!」

「自分の気持ちの事だから……。でも前を向いてるから大丈夫だよ」

 雅樹はナオを見つめると「俺、待ってっからな……」と呟くように言った。

「うん……。あっ! あーーーー!」ナオが急に雅樹に向かって叫んだ。

「な、なんだよ」

「待ってる、で思い出した! 雅樹、あんた、矢城くんに言ったでしょ! あたしと寝たこと!」

「はぁ? 言ってねーよ! 言うわけないだろ!?」

「矢城くんが教えてくれたんだから!」

「矢城が? 俺、いつそんなこと言った…………あっ――――! やべっ! あん時……」

「ったく。信じらんないよ。人として最低ー!」

「いや、あのさ、あん時は俺、焦ってたんだよ。矢城がナオに近づけば、ナオの気持ちが矢城に向いて行くんじゃないかって。だから、その……、つい、俺の方がナオを知ってるって言っちまったんだ。悪かった……。俺、ナオが好き過ぎて、自分のことしか考えてなかったんだ。どうかしてたんだよ。ホントに悪かった! 謝る! ごめん!」

「もう〜。矢城くんにだけだから、許してあげなくなくもないけど?」

「もっと大人になるから、勘弁してくれよ……」

「ぷっ、雅樹が口が軽いのは、親しい仲間内だけってわかってるから。もう、いいよ」

「軽くねーよ! ……まぁいいや。ナオにわかってもらえてればそれでいい。俺、マジだから。ナオの事。気長に待つからさ。もっと余裕のある人間になるよう努力すっから!」

「ありがとう。じゃあ、気長に待っててよ。気づいたら、じいさん、ばあさんになってたりして」

「待たせ過ぎだろ!」ふたりは笑いながら病院を後にした。




 『想いが届く時』【15】へ続く
 



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『想いが届く時』【13】

2012.09.26(23:15) 730

『想いが届く時』【13】-再熱-



 ナオは飯野のマンションの部屋にいた。

「飯野さん? ひとり……なんですか?」

「ああ……。また出て行かれちゃった」

「えっ!? ……。今度は何したんですか?」

「やだなぁ~。何もしてないよ。1度は戻って暫く一緒に居たんだけど、あの人(鏡子)を抱いた身体で、私に触れられると思うとゾッとする。って言われちゃってね。このままだと、自分のイライラが子供にあたってしまいそうで怖いって言って……。まぁ、そのまま別居状態ってわけ」

「そんな……。あれほど覚悟を決めたのに……」

「僕が甘かったんだよ。家内はおとなしくて優しい人だったからね。彼女ならすぐに許してくれるだろうって思ってしまってたんだ……。僕を信じきってた彼女にとっては、ダメージが大き過ぎたんだと思うよ……。さすがに彼女の両親も、ただの夫婦喧嘩じゃない事に気付くよね。暫くは息子を実家から通わせるから、って言われたよ……」

「飯野さん……。大丈夫? …………じゃないよね? 大変そう……だね……」

「仕方ないよ。悪いのは全部僕なんだし。あ! 僕の事よりナオちゃんだよ。せっかく僕を頼って来てくれたのに、自分の事話しちゃった。ごめん、ごめん。ちゃんと聞くよ。どうしたの?」

 ナオは飯野の深刻な状態を聞いて、話すのをためらってしまった。

「でも……飯野さんの事情知ったら、あたしの悩みなんてすごく小さい気がして……。それに、飯野さんは奥さんと仲良く暮らしているとばかり思ってたから、ちょっと動揺しちゃってます……」

「そうだよね。僕もだよ」と苦笑いしながら「でも、今は距離を置くしかないと思ってるんだ。それより、ナオちゃんの方が心配だよ。悩みに大きさなんて関係ないし、本人にとっては悩みなんだから、僕に話すだけでも、気が楽になるんじゃない? 僕は今までもナオちゃんにそうやって助けられて来てるからね。僕で役に立つ事があれば力になるから」

 ナオは、飯野とふたりきりで居ることに、心が熱くなるのを感じた。


 飯野さんへの気持ちは断ち切ろうとしたんじゃないの? いけない……。彼の顔見たら、気持ちが揺らいでしまう。しかもふたりきりだよ。やばい、やばいよ。どうしよう。このままじゃ、冷静さを失っちゃう……。


「ナオちゃん? 大丈夫?」

 
 ダイジョウブジャナイ!!


「ゆっくりでいいから話してみて」飯野がナオの顔をのぞく。

 
 ドッキン!


 ナオは動揺しながら話した。二人の男性から好意を持たれていて、二人とも愛情には発展しない気がする事を告げた。もちろん名前は伏せて。

「なるほど~、贅沢な悩みだねぇ」と飯野が笑った。「彼らとは、いろいろ話しとかした上で、迷ってるんだよね? もちろんナオちゃんとふたりきりで。それなりの時間は経過してるってことでいいのかな?」

 ナオが頷く。

「そうか……。ん~、男ってのはね、気持ちが伴わなくても、抱きたいと思うと抱けちゃうような、動物性本能を持った生き物なんだよ。それを行動に移すか移さないか、人に寄って違うだけ。でも女性は、その人に心から抱かれたいかどうか、なんじゃないのかな?」

「心から……抱かれ……たい……か、どうか……?」

「あ、いや、あくまでも、判断基準のひとつとしてだよ! 気持ちが伴った上での話。求められたから抱かれるんじゃなくて、自分からもいけちゃうような」


 抱かれたい? そう思えるのは、まさに今、目の前にいる男性だよ。


「あたし、二人に抱かれても、イヤじゃないんです……。身体だけの事を言えば……。でも、自分から求めたいとは思わない」

 その言葉を聞いた飯野は、何故かその二人の男に嫉妬めいたものを感じてしまう。ナオの身体を自分の他にも奪ったやつがいるんだと。そんな事は当たり前じゃないか。しかし、心が落ち着かない。ナオの身体は魅力的だった。一度関係を結んでしまえば、暫く離れないであろう。飯野だって例外ではなかった。飯野の中で何かが起き始めていた。
 飯野が暫くナオを見つめたまま、沈黙しているのを見て、ハッとした。


 しまった! つい抱かれたなんて言ってしまった! どうしよう……。飯野さん、絶対あたしを軽蔑してる……。やだ! 嫌われたくない!


「あ……、あの! 抱かれったって言うのは、その……、ちょっと抱きしめられたってゆうか、か、身体が……その……負けたって言うか……あ、いや、えっと……」

「ハハハッ。ナオちゃん? 今更何言ってるの? 隠さなくたっていいよ。そんなあわてちゃって、ナオちゃんはまだまだかわいいな~」

「……飯野さん? あたしを軽い女とは思わない?」

「何で? 思うわけないじゃない。何年ナオちゃんを見てきてると思ってるの? きっと二人とも、ナオちゃんを好きな気持ちが止められなかったんだろう? 違う? 僕だって……、あの時、ナオちゃんの身体を目の前にして、欲望を止める事が出来なかったんだから……」

 ナオは心臓がドキドキしてくるのを感じた。


 ダメだ……。熱が戻った……。


「飯野さん……。今はどうですか? ナオは目の前にいますよ?」

「だめだよ。僕は対象外でしょ」

「どうしてですか? 奥さんがいるから? でも好きになっちゃったんだもん。どうしようもないよ! あたしが心から抱かれたいと思ってるのは、貴方だけなんです!」

「ナオちゃん! それは言ったらだめだよ! ナオちゃんにはもっと……」

「もっと、何ですか!? 相応しいひとがいるとでも言うんですか? あたしは……。あたしは……、飯野さんじゃなきゃだめなんです!」

「ナオちゃん! 僕じゃだめだ! あきらめてくれないと困るよ。僕だって、あの時からナオちゃんに会いたい気持ちをずっと堪えて、家族に目を向けてきたんだから」

「あきらめようと思ったよ……。何度も。だから二人と向き合おうと思った。でも、いつも心に飯野さんがいるんだよ。出来ないの……。飯野さんが鏡子さんをあきらめられなかったように、あたしも、貴方をあきらめきれない!」

「ナオ……ちゃん……」

 飯野はナオの気持ちが痛いほど良くわかる。ナオを抱きしめて、欲望のまま、ナオを自分のものにしたかった。だが、受け入れてはいけない。また妻を裏切るのか? しかし、目の前にいる女性を押し倒してしまいたい衝動に駆られる……。飯野は必死で自分の気持ちと闘っていた。

「ナオちゃん。僕も君を抱きたい。今、無性にナオちゃんを欲しいと思ってる。二人の男達に抱かれたと思うと……、それだけで……、気が変になりそうだよ……」

「だったら、抱いて! あたしの中から二人を追い出して!」

「ああ……。ナオ……。君が欲しい……」

 飯野はナオを強く抱きしめ、手で頭を撫でると、髪に頬を何度も擦り付けた。ナオは激しく飯野を求める。

「でも……、それはしちゃいけないんだ。これ以上、深入りしちゃいけない。君を傷つけてしまうことになる……」飯野は必死で耐えていた。

「あたしは傷つかないよ。自分の気持ちにウソはついてないもん。ナオは飯野さんが好き!! 飯野さんだって、ナオが欲しいでしょ?」

 ナオは飯野が上司である事など忘れ、子供のように喋り始めていた。飯野もナオが愛おしくてたまらない。呼び捨てにしている事など忘れている。

「僕だって……、ナオの事、ずっと気にしてきた。そしていつの間にかナオに惹かれていく自分に気づいたんだ。さっきの告白話を聞いて、年甲斐もなく嫉妬してる……。こんな気持ち……、今まで味わったことがないよ……」

「だったら……」

「ナオ……。聞いて欲しい」飯野はナオを抱きしめたまま続けた。

「僕は今、間違いなくナオを好きになってる。ナオも僕に好意を抱いている。お互いの気持ちは伝わったよね? それだけで十分じゃないか? 君が僕を好きでいてくれるだけで、強い気持ちになれる。今の状態のまま、欲情に負けて君を受け入れてしまったら、ナオの心の中に深く穴を開けてしまうだろう……。ナオには幸せになってもらいたいんだ。わかって欲しい……」

「いや! あたしは飯野さんと一緒に居たいの! 抱いてくれるまで帰らないから!」

「抱けば帰るのか? ナオは僕としたいだけなの?」

「したいよ! 飯野さんだってナオが欲しいって言ったじゃん!」

「ナオ……。人を好きになるって、それだけじゃないだろう? 君は今、僕がひとりでいるから、甘えてるだけでしょ? 僕は、ナオを幸せに出来る条件に当てはまらないんだよ。わかるよね?」

「わがままな事言ってるのはわかってる……。でもこの気持ち、止まんないよ……。飯野さんの中に入りたい……」

「入りたいのは、僕の方だよ!」

 はい。確かに。

「僕も我慢するから、ナオも耐えて欲しい。お願いだから!」

「わからないよ……。なんでお互いに好きなのに愛し合えないの?」

「君は……わかってるはずだ……」

 ナオはこれ以上言っても、飯野を困らせるだけなのはわかっていたが、なかなか引き下がれないでいた。

「飯野さんはナオが好き?」

「ああ、好きだよ」

「もう一度言って!」

「僕は、ナオが、好きだ!」

「愛してる?」

「……その言葉は……簡単に口に出しちゃダメ!」

「いじわるぅ」

「ナオ……。心の中で叫ぶよ。思いっきり」

「……。嬉しい……。その言葉、忘れないよ。ありがとう。…………。わかったよ。飯野さんをこれ以上困らせたら、嫌われちゃうもんね。でも……、ちゃんといい恋愛が出来るまで、ずっと飯野さんを想い続けてもいい? 簡単にはあきらめられないもの……」

「僕だってそうだよ。だけどわかってる? 僕の方が、罪は重いんだぞ」そう言ってナオを見つめる飯野。

「飯野さん? キスして……」

「ナ……オ?」

「お願い。キスだけならいいでしょ?」


 いいわけはない。


 飯野はナオの顔を手で押さえると、唇を重ね、その手を頭の後ろと腰に回し、しっかりと抱きしめながら、長いキスをした。

 ナオは、とろけてしまいそうな身体を必死に堪えて、腕を飯野の背中に回してしがみつき、飯野の唇から身体まで、彼の感触を自分の脳裏に焼き付けるのだった。


 飯野は思った。

『今日ほど独り寝が寂しい夜はないだろう……』と。




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『想いが届く時』【12】

2012.09.24(22:35) 729

『想いが届く時』【12】-動揺-


 矢城が復帰して、3ヶ月が経ち、矢城もすっかり回復していた。その日は、雅樹から誘いがあり、ナオは居酒屋にいた。

「居酒屋で真面目な話っつうのはどうかと思ったんだけど、俺さ、こういうとこの方が落ち着くんだよな」

「真面目な話?」

「ああ……。まあ、いつも真面目だけどよ!」

「どうだか。でもなんかやだなあ~、あらたまっちゃって。最初から真面目な話とか言われると構えちゃうじゃん?」

「まだプロポーズとかしねーから安心しろよ」

「あら? してくれないの?」

「していいのか?」

「受けるかどうかは別だけど」

「おまえさ、そう言う大事な事軽く言うなよ!」

「雅樹が言い出したんじゃん!」

「あ……。わりい……」

 雅樹は一呼吸するとナオに向かって聞いて来た。

「俺はナオが好きだ! ナオは俺が好きか?」

 ドキッ!! いきなりかよ!!

「ストレート過ぎるよ。好きか嫌いかって聞かれたら……、好きだけど……」

「矢城と俺なら? どっちが好きだ?」

「そんな事……わかんないよ! ふたりとも好きだし……」

「じゃあ、ふたりと付き合うのか?」

「雅樹……。どうしちゃったの? あたしは、まだ付き合うとかそんなん決めてないよ? 自分の気持ちも良くわかんないのに……」

「じゃあ、決めろよ」

「はっ? 何それ。感じ悪~。いつもの雅樹じゃないよ!」

「ああ、俺、どうかしちゃってるんだ。ナオの気持ちが矢城に向かってる気がして、不安なんだよ。事故以来、ナオが矢城を見る目が違って来てるし、こんな不安になった事初めてなんだ。だから、ナオの気持ちが知りたいんだよ。俺じゃダメか?」

 ナオは正直迷っていた。ふたりとも好き。でもそれは友達以上恋人未満の中途半端な感情だった。胸の奥がキュンとなったのは、飯野と一緒にいる時だけだったから。雅樹に抱かれた時は、なんだか夢の中の出来事のようで、自分の感情と合致したものではない気がしていた。

 矢城くんとはどうなんなんだろう? 求められたら受け入れられるの?

 ナオはほんとにわからなかった。暫く黙り込むナオ。

「はあ……。俺って小せえやつだよな……。ナオを見守るぐらいの器の広いやつになんなきゃ、矢城には勝てないよな……。悪かった。一方的過ぎたよ……」

「勝ち負けの問題じゃないでしょう? それに好きって気持ちだけじゃ、どうにもなんないこともあるし……。笑う影には泣く姿もある……。もう少しこのままでいようよ、ね?」

 雅樹はわかったよ、と言うと、テーブルのつまみを平らげた。

「大事な話って、それだけ?」

「それだけって……。俺にとってはナオの気持ちを知る事が何より大事な事なんだ。俺の気持ちはちゃんと伝えたからな。ナオがもう少しこのままがいいなら、そうするから。俺、待つよ」

「ありがとう……」



 数日後の休日。昼まで寝ていたナオの携帯が鳴った。矢城からだった。

『は……い』

『ナオさん! 今からナオさんを向かえに行くから、準備しといてください!』

『はい? なんか約束してたっけ?』

『してないけど、とにかく行くから!』

『――――ちょっ! あたし起きたばっか……』

 電話は一方的に切れた。どうしたって言うの? 矢城は近くまで来ていたのだろうか、15分くらいで来た。

「もう~、早すぎだよ~。女の子が15分で準備出来るわけないでしょ!?」

「ごめん……。どうしても聞きたい事があって、来ちゃった」

「聞きたい事? なら、あたしの部屋上がる? お母さん帰って来るの夜だし」 

「えっ! いいの?」

「いいよ。どうぞ」

 矢城は、ナオの部屋に初めて招かれた事が嬉しくて、小さくガッツポーズをした。
 ナオの部屋は女の子の部屋にしてはかわいくない。『ナオさんはあんなかわいいのに』などとキョロキョロしていると、ナオが麦茶を運んできた。

「見回したって、彼氏の写真とかないよ」と言いながら、おぼんごとテーブルの上においた。

「ほんとにシンプルだね。すっきりしてて気持ちいいくらい。ナオさんがかわいいから、なんだかすごいギャップを感じるよ」

「片付けるのが嫌いだから、散らかさないだけよ」

「ナオさんて、女らしいんだか男らしいんだかわかんないね」

「やだぁ~、バリバリ女の子じゃん!」

 ナオがベッドを背にして座ると、矢城も隣に座った。

「ナオさん……、スッピンもかわいいね」

「やだ……、あんま見ないでよ。矢城くんの来るのが早すぎるから、顔しか洗う時間なかったんだから」

「ごめん。でも、プライベートが見れてなんだか嬉しいよ」矢城の視線が胸元に行くのがわかった。

 ヤバい! ブラ着けてなかった……。

「あ、ねえ、聞きたい事ってなに?」ナオは膝を抱え、胸を腕で隠した。

「うん……。ナオさんは雅樹さんとは付き合ってないって言ったよね?」

「雅樹とは……なんてゆうか……、友達感覚から抜けきれないって感じかなぁ……」

「ナオさんは友達同士でも、体を許す人なの?」

「――――!?」

「俺、やっぱりナオさんをあきらめるなんて出来そうもないんだ。雅樹さんと一緒にいるナオさんを、冷静に見られなくなってきてるんだ」

「ちょっと待って! 友達同士で体を許すってどうゆうこと?」

「雅樹さんに聞いたから……」

「雅樹に……聞いた?」

「ええ。『俺はナオの気持ちを確認しないまま、ナオを抱いたけど、ナオはすげーいい顔してて、俺、ますます惚れちまった』って話すから、なんでそんな事わざわざ俺に話すのか聞き返したら、『おまえにナオを取られる気がした』って……」

 うそでしょ? 雅樹はそんなやつじゃない!

「俺、かなり動揺したよ。ふたりが付き合ってるなら許せたけど、なんか裏切られたような気がして。俺が口出す事じゃないかもしれないけど、ナオさんが雅樹さんの事、どう思ってるのか知りたかったんだ」

「信じらんない……。雅樹がそんな事、他人に言うなんて……。待つって言ってたじゃない……。ひどいよ……」

「俺は……、ナオさんが雅樹さんのこと、ほんとに好きなら身を引いてたよ。遠くから見るだけにしてたかも知れない。でも、そうじゃないみたいだから、まだあきらめたくないんだ! ナオさんと一緒にいたい」

「あたしは……、ふたりとも好きだよ……。でも、好きって感情にはいろいろあって……」ナオが話してる途中で、矢城は強くナオを抱きしめた。

「ナオさん! 俺、ナオさんを守るから! どんな事があっても、必ず! だから、俺のことちゃんと見てよ!」

「矢城くん……」

 ナオは矢城の逞しい腕に抱きしめられ、鼓動が早くなる。

 あたしを守る? そんな言葉、言われたことない。

 その時だった。矢城の唇がナオの唇を押さえる。

「――――――――!?」

「ナオ……。俺を好きになってよ」矢城は人が変わったように、ナオをベッドに押し倒し、覆い被さって来た。

「――――! 矢城くん!?」

「ナオ……。好きだよ……。ナオのすべてを俺にも見せて」矢城は、ナオを呼び捨てにし、ナオの両手を押さえ、キスを繰り返しながら、ナオの肌に触れ始めた。

「や、……やめて……」

 いきなり野生化した矢城。

 ナオは矢城の力に勝てるはずもなく、起きたばかりの無防備な格好が、矢城を興奮させる要因にもなってしまったようだ。

「矢城く……ん……。雅樹と同じ事する……つもり?」ナオはやっと言葉を発した。

「雅樹さんより、気持ちよくしてあげるから」

 矢城の力はかなり強く、鍛えられているのがわかる。ナオは抵抗しても無駄だと思った。

 矢城くんは優しい人よね? ナオを守ってくれる人よね? 今ナオの上に乗ってる人はほんとに矢城くん? ナオは矢城くんのこと好きだからこんな事してるの?

 ナオの混乱した頭の中とは裏腹に、身体はとろけそうに熱かった。ナオはそんな自分が嫌でたまらない。

 あたしは気持ちがなくても感じる女なの? 違う! 全く気持ちがないわけじゃないんだ。いやなら抵抗しまくればいいじゃない? 雅樹も矢城くんもナオが好きって気持ちがあるから、激しくてもどこか優しいんだ。好きなら欲しくなるよね? あたしは……ふたりとも好きになってるの? 

 ナオの感情を無視するかのように、身体は熱り続けた。ナオは、自分の正直な身体の反応が疎ましく思えてならない。
 矢城はぐったりしたナオの横で「俺、ますますナオが好きになった。責任取れる男になるから。だから、俺のこと、ちゃんと考えて欲しい。ナオ……、好きだよ。もう離れたくない」と言って抱きしめた。

「……ふたりとも勝手だよ……。あたしの気持ちを乱す事ばかりするんだから……」

「ナオが素敵過ぎるからだよ。あ、俺、いつの間にかナオって呼んでる! いい?」

「なんでもいいよ……。罪悪感ゼロなんだね……」

「でも……、嫌がってなかったじゃない?」

「やめてって言ったじゃない!?」

「……止まらなかったんだ……」

「お願い……。今日はもう帰って……。ちょっと考えさせて……」

 矢城はわかったと言って、服を着ると、ナオのおでこにキスして部屋を出て行った。


 どうしたらいいの? ふたりと付き合うわけには行かない。


 助けて……飯野さん……。


 ナオはシャワーを浴び、着替えると、タクシーで飯野のマンションに来ていた。携帯を取り出し、電話をかける。

「なにやってんだろ……あたしは……。電話になんか出るわけないじゃん……」

『はい、はい』

 あ、出た……。

『も、もしもし……、ナオです……』

『うん、どうしたの? 夕食のお誘い?』

 ナオは時間など気にしていなかった。

『あ、ごめんなさい……。あたし、どうしたらいいかわからなくって……。飯野さんしか頼る人いないから……』

『…………。今どこにいるの?』

『マンションの……下……です……』






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『想いが届く時』【11】

2012.09.23(05:30) 728

『想いが届く時』【11】-動き始めた感情-


 ナオが退院した日に飯野からメールが来た。

『退院おめでとう!
ほんとに良かった。お見舞いにもろくに行けなくてごめんね。なかなかメールも出来なくてすまない。とにかく無理しないで、ゆっくりしてていいから。会社の方はみんなで協力して、何とかなってるから安心してね。今日は退院祝いのお酒は飲んじゃだめだよ(笑)。またメールするね』

 飯野さん……。あんまり優しくしないでよ……。

『ありがとうございます。みんなに心配かけてしまって、ほんとにごめんなさいm(_ _)m
お仕事忙しいんだから、お見舞い来てくれるだけで嬉しかったです(*^-^*)。メールもくれたり、凄く元気付けられましたよ~。様子見ながら来週にでも復帰出来ればいいかなあーって思ってます。お酒は暫く我慢しますよ~(-.-;)』

 ナオは自分の気持ちを抑え、普通に返信した。


 2日程家で過ごし、3日目から毎日矢城に面会に行っていた。退院して1週間が過ぎ、ナオは仕事復帰した。みんな優しく迎えてくれて、後は矢城の復帰まで頑張ろうと言っていた。植田さんも残業してくれていたらしい。

「すみませんでした……。負担をかけてしまって」

「ほんとよ。お陰でちょっと給料増えそうだけど。でも良かったわねー、後遺症もないみたいだし。ナオちゃん、守られてるのね。これでやっと残業から解放されるわ~。あ、でも来週からね。今週いっぱいは、あなたは残業しなくていいから」

 相変わらず、ちょっとトゲのある言い方で慰める。

「大丈夫です。しっかり休ませてもらいましたから」

「だめよ! 若いからって無理が利くと思わないでね」

「あたし、もう、そんな若くないですよ~」

「だったら尚更じゃない? 言っとくけど、来週から私は一切残業しないから。そのつもりで」

 植田さんなりの心使いに、ナオは感謝していた。快気祝いをしてくれる話が出たが、ナオは、矢城が復帰してからにして欲しいと断った。それからナオは、矢城が退院するまで、出来るだけ病院に顔を出した。矢城には離れて暮らす母親と妹がひとりいて、事故の時にもナオに頭を下げに来ていた。退院後も何度か顔を合わす事があった。

「ナオさん、いつもすみません……。私がまめに来られればいいんですけど……」矢城の母親が恐縮する。

「いいえー。私が勝手に来てるだけですから気にしないでください。私に出来る事があれば、やれる範囲でやりますから、安心してください」

「あんたにはもったいないくらい、かわいい女性(ひと)よね~」

「だから、前にも言っただろ? ナオさんは俺を心配して来てくれてるだけだって!」

 矢城の母親は、ふたりが付き合っていると勘違いしているらしく、ナオが来るといつも病室から出て行く。

「気を利かせてるつもりみたいです」

 ナオは「みたいね」と言って笑った。 

 矢城とナオは、短い時間ではあるが、会う度にお互いの自分の事を少しずつ話始めていた。矢城の父親は、矢城が15歳の時に工事現場の事故で亡くなっていた。だから今回の事故では、母親がひどく心配し、息子まで連れて行かないでと、半狂乱気味に泣き叫んだと言う。助かった時には、夫が守ってくれたと、涙ながらに泣き崩れていたらしい。

「ウチもさ、あたしが目を覚ました時、父親がいてさ、久しぶりに父親の顔見た気がしたよ。やっぱり心配してくれてたんだなあーって思っちゃった」

「当たり前じゃないですかー。心配しない親なんていないですよ」

「でもね、学校の行事も来たことなかったし、母親が具合悪い時だって、出張に行っちゃった人なんだよー。お母さんも良く我慢してるなーって思ってるんだ……」

「ナオさんって、兄弟(姉妹)は居ないの?」

「うん……。ひとり娘。箱入り娘なんだよ」

「は……こ……いり?」

「まんまでしょ?」

「いや、箱から飛び出して、伸び伸び育って野生化したみたいだね」

「あら、良く分析出来ました。――――ってか、矢城くん!? あたしにタメ口利いてる!」

「えっ! あっ! わっ! 俺、どうかしてました! ごめんなさい!」

 ナオは「慌ててる矢城くんったら、かっわいい~」とゲラゲラ笑った。

「いいよ、いいよ、タメ口で。それに、入社したのは矢城くんの方が先なんだし、先輩じゃな~い? 今までが間違ってたんだよ。自然に出ちゃったんなら、それって距離感が縮まったって事じゃない? なんだか嬉しいな~」とニコッと笑った。

 ズッキューン!! か、か、かわいい……。

 矢城の心臓の鼓動が大きくなった。と同時に別の部分も大きくなった。

 ヤバッ! ナオさんにばれる!!

 上半身を起こしてベッドに座っていた矢城が、急に下半身をぞもぞし出した。

「ん? どうしたの? 足が痒いの?」ナオは矢城の下半身に掛かっていたタオルケットをめくった。

「あ! ダメ! あ……、あ……」

 矢城の大事な部分が盛り上がっているのがわかる。

「――――――!! …………」

「だからダメって言ったのに……」

「なんで? あたし……の……せい……?」

「ナオさんが、嬉しいって言うし、メッチャかわいく笑うし……。その笑顔に反応しちゃったみたい……。思春期でもあるまいし……。こんな事でこんなになった事なんかないのに。どうしちゃったんだろ、俺の身体……。なんか今、すごく恥ずかしい……」

 矢城は少し顔を赤らめた。

「ま、まあ、いろいろあるよね? 女だって、その……ね? なんて言うか……、複雑だし……。生理現象だもの。仕方ないよ」

 そう言いながら、ナオは矢城の事が急に愛おしくなると同時に、胸の奥がドキドキするのを感じた。考えてみれば、歳だって3歳差。離れているうちに入らないじゃないか?

「あ、そうだ! 雅樹がね、あんまり顔出さなくて悪いな、って言ってたよ。でも、俺の顔見るより、ナオの顔見てた方が矢城は喜ぶだろうから、遠慮しといてやる、とか言ってんのよ。来りゃあいいのにね」と、話題を逸らす。

「雅樹さん……。ホントはナオさんと一緒に居たいのに、ナオさんが俺のとこばっかり来てるから、誘えないんじゃないのかな?」

「えっ?」

「俺はもう大丈夫だから、もっと雅樹さんと一緒にいてあげてください」

「矢城くん? 何か勘違いしてない? 雅樹とは友達だよ? 雅樹だって、あたしに矢城くんの様子を聞きにきて、元気だったよ、って言うとほっとしてる。今はあたし達にとっては、矢城くんの方が大事なんだよ」

「今は……なのか……」

「あ……。いや、だから……。もう~! とにかく仕事復帰出来るまでは、他の事考える余裕がないって事!」

「プッ。わかってますって。ナオさんたらムキになっちゃって、ホントかわいいんだから」

「下半身殴るよ!」

 矢城が思わず股間を押さえる。

「やだ! 右足の事だよ」

「しまった……。やられた……」


 その剥き出しになった腕を良くみると、かなりいい筋肉をしている。何で今まで気付かなかったんだろう? 鍛えてるとは言ってたけど、腹筋とかも割れてんのかな? ハッ! だから元気がいいの? やだ、なに考えてるんだよ。

 ナオはその日以来、矢城を男性として意識するようになっていた。

 矢城のギプスがはずれ、ナオも間に合う日は一緒にリハビリに立ち合ったりしていたが、幸いにして回復が早く、通院リハビリとなった。


 事故から4ヶ月。矢城は仕事復帰した。なんて回復力の早い男なんだろ。





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『想いが届く時』【10】

2012.09.23(00:00) 727

『想いが届く時』【10】-雅樹と矢城-



 ナオが意識を取り戻したのは翌日の夕方だった。病室には母親と、珍しく父親の姿があった。ふたりの後方に雅樹もいる。3人は、ナオが意識を取り戻した事に安堵の表情を見せた。頭と腕、足に包帯が巻かれ、腕には点滴が打たれていたが、傷は浅く、異常がなければ、2週間程の入院で済むらしい。ナオは暫く痛みに耐えていたが、大事な事に気づく。

「矢城くん……。ねえ! 矢城くんは!? 彼はどこ?」

 3人の表情が曇る……。口を開いたのは雅樹だった。

「矢城は……、まだ意識が戻らないんだ。……。矢城の方は俺が様子見に行くから、とにかくナオは自分の事だけ考えろ!」

 母も頷く。

「意識が……戻らない? そんな……。大丈夫よね? あたしが生きてるんだもの……」

 ナオは祈った。それしか出来なかった。


 3日後、意識を取り戻した矢城の第一声は「ナオさんは無事ですよね?」だった。矢城は右頸骨を骨折し、全身打撲したものの、命に別状はないとの事。相手の運転手は即死だったそうだ。
 警察官の話によると、事故の状態から見ても、命がある事が奇跡。ナオに関しては、軽い怪我で済んだ事が信じられないとの事だった。衝突後の運転処理が、命の明暗を分けたとも言っていた。恐らく彼女を助けようと、必死に軌道修正をしたのだろうと……。

『ああ……。神様……。ありがとうございます。私達を守ってくださって、心から感謝いたします……。矢城くん、ナオを守ってくれてほんとにありがとう』

 ナオは涙を流し、震えながら手を合わせるのだった。


 矢城は、自分の不注意で、ナオや会社に迷惑をかけてしまった事を謝罪した。家族にも心配かけてしまった事に、自分を責め、一時はかなり落ち込んでいた。だが、矢城はスピードも出しておらず、落ち度は全くなかった事に、誰も矢城を責めず、励ましてくれていた。ふたりの関係を冷やかす者もいたくらいだ。



 半月後、ナオが退院。矢城はギプスがはずれたとしても、リハビリが必要な為、数ヶ月かかりそうだ。

「ごめんね、先に退院する事になっちゃって……」

「何謝ってるんですか! ほんとに良かったです。ナオさんが元気になって……。それだけで俺は生きて行けます」

「矢城くん……」

「俺もリハビリ頑張りますから!」

「あたし、仕事上がりに毎日来るから。一緒に頑張ろう?」

「そんな気を使わなくていいですって! 俺、こう見えて、結構鍛えてんですよ。回復力には自信ありますから」

「でも、ひとりで頑張るより、誰かいた方が、もっと頑張れるでしょ?」

「今以上に頑張れって言うんですかー?」

「そ! 早く元気になって欲しいもの」

「ナオさん……。俺の為に無理しないでください。そんな事されても、俺、嬉しくないですから。それに、ナオさんだって完全復帰したわけじゃないんですからね!」

「わかってるって。無理しなきゃいいんでしょ?」

 ナオは両親と一緒に病院を後にした。


 ナオを見送った雅樹は矢城と病室に戻った。雅樹は、ようやく矢城と話す事が出来た。

「リハビリはキツいな」

「ええ……。ナオさんにはあんな事言っちゃいましたけど、かなりしんどい気がするんですよね……」

「おまえ……、強くなったな。力だけじゃなく、気持ちの方も」

「ナオさんのお陰です」

 雅樹は、事故以来聞けないでいた、矢城の気持ちを確かめるように話始めた。

「矢城はさ、なんであの日、ナオと一緒に居たんだ?」

「俺が……誘ったんです。前の日に雅樹さんと一緒にいるとこ見ちゃったから……。軽く焼きもち妬いたんです。俺もバカですよね……。だからバチが当たったんですかね?」

「んなわけねーだろ? おまえは、ナオが好きなんだよな? いつからだ?」

「多分……、ナオさんが会社に来た時からです。初めて見た時から、ときめいてました。最初は、雅樹さんといるナオさんを見てるだけで満足だったんです。でも、段々思いが強くなって、短い時間でも一緒にいたいと思うようになったんです」

「そうか……。おまえが言ってた好きな女性(ひと)って、ナオの事だったんだな……。ナオには気持ち伝えてあるのか?」

「ええ……。告白しました。でも、ナオさんは俺の事、異性として扱ってないと思いますよ。かわいい子を見つけろ的な事言われちゃいました……。ナオさんは、片想いの彼をあきらめて、多分……、今は雅樹さんに気が向いて来てると思うんですよ」

「片想いの彼? 知ってたのか?」

「どんな男性(ひと)なのか知りませんけど、あきらめなきゃならない人だって言ってましたし……」

「それで、なんで俺に気が向いてるって思うんだ?」

「雅樹さんといるナオさんの笑顔は本物です。心から素で笑ってます。俺はその笑顔を見ていられれば、それで満足です。だから、この事故で、その笑顔が奪われなくて、ほんとに良かったと思ってるんです」

「その笑顔を自分のものにしたいとは思わないのか? おまえの前でも、素で笑って欲しいとは思わないのか?」

「思いましたよ! だから何度も誘いました! でも、ナオさんは、ずっと俺を見てくれてませんでした。俺の前で笑う笑顔の奥には、なんとなく寂しさが残ってるんですよ。だから、俺じゃダメだと思ったんです。ナオさんの相手は俺じゃないって……。まあ、そんな事最初からわかってましたけど」

 矢城はさばさばした表情で話した。

 雅樹は、ナオを思う矢城の気持ちは本物だと感じた。自分だってナオが好きだ。しかし、窮地に追い込まれ時、矢城のようにナオを守る事が出来ただろうか? ナオの気持ちも確認しないまま、自分の欲望だけでナオを抱いてしまった俺は、恋愛ごっこしてるだけなんじゃないか?

「事故にあった時ってさ……、何か考えたか? 何か思う事あったか?」

「ん~、目の前に突然車が見えましたからねー。ナオさんにぶつかったらおしまいだと、必死でハンドルを切った記憶はあるんですけど、あんま覚えてないんですよー。気がついた時はベッドの上でしたから」

 矢城はまたもや淡々と話す。

「だよな……。でも、おまえのお陰でナオは軽いケガで済んだんだ。命の恩人だよ」

「違いますよ! 俺のせいでナオさんを危険な目に遇わせてしまったんです! 俺は疫病神ですよ!」

「そんな自分を責める事言うな! おまえは悪くない! ぶつけた相手が、おまえらに命を預けたとは思えないか? 彼が全責任を負ってくれたんじゃないのか? とにかくふたりとも生きてる。それだけで十分だ」

「雅樹さん……。やっぱり雅樹さんは男らしいですね……。俺なんかが敵うわけないです……」

「いや……。俺は矢城の方が強いと思ってる。ナオに対するおまえの気持ちは、恐らく……俺より強い……」

「ダメですよ! 雅樹さんにはちゃんとナオさんを守ってもらわなきゃ困ります! そんな弱気にならないでくださいよ!」

 雅樹は苦笑いしながら、また来るからと言って、病室を出た。


 俺がナオを守る……。出来るのだろうか? 雅樹は、自問自答しながら家路を急いだ。




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『想いが届く時』【9】

2012.09.22(00:30) 726

『想いが届く時』【9】-ナオと矢城-



 ナオは自分のベッドの中で、昨夜の雅樹との事を思いだし、少し後悔していた。


「ナオ……。俺……、ナオが欲しい……」

 雅樹の優しい指の動きに、ナオの身体は熱を帯び、雅樹の唇に敏感になって行く。

 ああ……、あたし……、まだ酔ってんの? なんだかすごく気持ちいい。

 ナオの身体も、すでに雅樹を求めていた。欲望のまま雅樹に抱かれたナオ……。


 あたしは……、まだ雅樹の事、好きかどうかわかんないのに、雅樹に身を任せてしまった……。最後に飲んだ冷酒がいけなかったかなあ~。いやいや、そんな問題じゃないよ。でも、身体は正直だ……。あの時、あたしは完全に淫らな女になってた。お酒強いと思ってたけど、昨日はやっぱり飲み過ぎたのかな。日本酒はやばい。後からジワジワ酔いがくるから……。やだ、またお酒のせいにしてる。あ~、なんて浅はかなやつ。バカだ。あたしは……。

 ナオが勝手に自分を責めてると携帯が鳴った。

 矢城くん?

『はい……』

『あ、ナオさん、起きてました?』

『ん……。あんま寝てない……』

『飲み過ぎですか?』 

 ドキッ!!

『えっ……、そんなんじゃないよ』

『あの、急ですけど、今日、どこかへ行きませんか?』

『どこか?』

『あ……、寝ててもいいですから』

『意味ないじゃん?』

 ナオはあまり気分が乗らなかったが、家にいると雅樹の事を考えてしまいそうだから、出かける事にした。1時間後、矢城が迎えに来た丁度その時、母親が夜勤から帰宅した。

 車のドアの前に立っていた矢城の姿を見ると「あら? ナオの新しい彼氏さん?」と声をかけて来た。

「あ! ナオさんのお母さんですか? はじめまして。 矢城と言います。彼氏……になりたい男のひとりです……」

 そこへナオが家から出て来た。

「お帰り~。あれ? ご対面しちゃったの? あたし、ちょっと出かけてくるね」

「気をつけてね。じゃ、矢城くん? 頑張ってね! 行ってらっしゃ~い!」

「は? 何を頑張ってなの?」

「さ、さあ……。なんだろうね……。じゃあ行こうか」

 矢城は車にナオを乗せ、ゆっくりと走り出した。

「急に誘ってすみません。ナオさんに会いたくて仕方なかったんです……」

「あ……、ありがと……」

「どこか、行きたいとこありますか?」

「えっ? あ……、そ、そうね……。矢城くんは? 行きたいとこあるんじゃない?」

「俺は……、ナオさんと一緒なら、公園でも河川敷でも構わないけど」

「矢城くんたら~、例えが地味過ぎだよー」

「で、ですよね。でも、ほんとの事だから。それに、地味だなんて河川敷さんに失礼です」

「う……、じゃあ、河川敷さんに行く? 失礼しちゃったお詫びに」

「お詫びって! オッケーですよ。あ、じゃあ、土手でも歩きます? 今日は外の方が気持ち良さそうですし」

「うん、うん、いいかも」

 矢城は車を走らせ、土手の下の空地に止めた。ナオと上まで上がり、暫く歩いてから、土手の斜面に座った。

「なんかさ、ドラマのワンシーンみたいだね」とナオがはにかむ。

 矢城はその横顔を眺めてから、前に向き直すと「実は、聞きたい事があるんです」と真顔で言って来た。

「なあに?」

「ナオさんの片思いの相手さんとは、どうなったんですか?」

 ドキッ……!

「どうにもなんないよ。ってか、最初からどうにかなる相手じゃなかったから……」

「あきらめたって事?」

「う……ん。あきらめられないけど、あきらめるしかないってゆうかね……」

「そうなんですか……。だからですか? だから雅樹さんと付き合ってるんですか?」

「えっ! 付き合ってないよ! なんで?」

「でも、雅樹さん、彼女と別れたんですよね?」

「ん? 知ってたの?」

「俺が前、好きな女性(ひと)の気を引くにはどうすればいいかって聞いた時、雅樹さんは、彼女をほかの男に取られるようなやつに聞くな! って、苦笑いしてました」

「そ、そっか……」

「それからの雅樹さんは、ナオさんと前より親しげになってるし、よく一緒にいますよね? 昨日もずっと一緒だったんでしょ?」

 ドクンッ!

「昨日?」

 矢城は、少し間を空けてから、ふたりの後をつけてた事を告白する。今までも何度か同じ事をしたと、白状した。だが、いつも途中で引き返し、ずっと追うことは出来なかったと言う。

「すみません……。俺、ほんと情けないヤツですよね……。ナオさんの事好きだから、誰とどこ行くのか気になって仕方なくて。そんな事すれば、余計ナオさんに嫌われるってわかってるのに、じっとしていられなかったんです。でも、昨日のナオさんの楽しそうな顔を見て、俺じゃダメだってわかりました……。あんな笑顔、俺には見せてくれないから……。俺は笑ってるナオさんが大好きだから、その笑顔を見てるだけでほっとするんです」

 ナオは恥ずかしかったが、正直に話してくれた矢城に優しさを感じた。

「ありがとう。ちゃんと話してくれて。……。でもね、あたしは矢城くんに好きになってもらうような人間じゃないよ……。だらしないとこや、だらしないとこや、だらしないとこ……」

「ナオさん!!」

「へへっ、ごめん。矢城くんが真っ直ぐ過ぎるからさー。あたしなんかよりかわいい子、いくらでもいるよ。でも、嬉しかったよ。好きって言ってもらえて。もっと中身を磨かなきゃだねー」

「俺、前にも言いましたけど、本気で女性(ひと)に恋したの、ナオさんが初めてなんです。だから、どうしていいかわからず、間違った行動をしてしまったのかも知れません。ほんとにごめんなさい……」

「いいのよ。だってあたし、全く気付いてなかったんだから。尾行されてても気付かないタイプよね。刑事さんも楽勝だわ。フフッ。だから、気にしないで。またやったら、口聞いてあげないけど!」

「ナオさんはいつもそうやって、話を明るくしちゃうんですね。だから好きなんですけど」

 矢城はもう二度と陰気くさい事はしないと約束した。

「ナオさん? お腹空きません? 朝から何も食べてないんでしょ?」

「そうだった……。若干二日酔いの気があったから……」

「やっぱりー。じゃあ、胃に優しい焼肉にしますか?」

「オイッ! これ以上闘わせるんじゃない!」


 ふたりは車に戻り、街中へ戻ろうとしていた。




 急カーブに差し掛かり、スピードを緩めた瞬間、対向車が反対車線にはみ出し、矢城の車と激突。



 ふたりは意識を失った…………。




 『想いが届く時』【10】へ続く



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『想いが届く時』【8】

2012.09.21(21:00) 725

『想いが届く時』【8】-ナオと雅樹-



 数日間ほど多忙期だったため、作業班は残業が続いていた。そのお陰で、ナオの気持ちも少づつ落ち着き始めていた。週末になって誘ってきたのは雅樹だった。

「飯でも行かねえか?」

「あ、うん、行く行く」

 雅樹につれて来られた店は、珍しく居酒屋だった。

「なんで? 車だよ? 雅樹が飲めないじゃん?」

「いいんだ。俺は飯食うから、ナオは酒飲め」

「なによそれ~」

「じゃあ、……、君はお酒を召し上がれ。僕は食事をさせていただきますから」

「言い方の問題じゃない!」

「まあ、いいから飲めよ。最近飲んでないんだろ? なんか、もひとつ元気が足りねーんだよな。今のナオにはアルコールが必要だ! ぶっ倒れても俺が送ってやるから、安心して飲め!」

「なおさら危険じゃん!?」

 雅樹は、冗談抜きで、気が済むまで飲んでいいからと、ナオに気を使ってくれていた。

「あたし、元気なさそうに見える?」

「うーん。なんとなく無理してるっつーかさ。心から笑ってない感じがする」

「心から?」

「ああ……。おまえさ……。飯野さんと何かあっただろ?」

「えっ……。何でそう思うの?」

「ナオの態度見てりゃわかるさ。ま、俺はナオが飯野さんの事が好きだって知ってるから、そう見えんのかも知んねーけど、ナオが飯野さん見る目が、悲しげっつーかさ、時々今にも泣きそうな顔すっから、俺、結構ハラハラしてんだぜ」

「やだ……、あたし、そんな顔してたんだ……。雅樹には見抜かれちゃったか……」

「何があったんだよ。俺には言えない事か? まさか、告白して振られたとかじゃないだろうな?」

 ぽ、か~ん…………。

「雅樹のばか……」

「えっ、おい、マジか? 言ったのか? ナオの気持ち」

 こ、く、り。

「そっか……、言っちゃったか。まだ早かったんじゃないのか?」

「だって、もう止められなかったんだもん……」

 ナオは、飯野との事を話し始めると、お酒を飲むペースがどんどん速くなって行った。ただ、飯野に身を委ねた事だけは誤魔化した。

「そう言えば雅樹さ~、ナオの態度見りゃわかるって言ってたけど、そんなヒマあったぁ~。どんな目で見てたのぉ~?」

「どんなって……。ナオがいつもと様子が違ってたから、心配で見てただけだけど?」

「ってことはさ~、ナオの事、気になるってこと~?」

「そりゃ、気になるだろうよ、友達としてさ」

「友達として……なの?」

「どうしたんだよ。おまえ、珍しく酔ってんのか? 口調もおかしくなってんぞ」

「酔ってんのかな? ふう~……。だよね。友達だよね……。雅樹ぃ~、あたしさ、飯野さんをあきらめきれないんだよ。どんなに突き放されても、彼が欲しくてたまらない……。どうしたらいい?」

「ナオ……。おまえ……。飯野さんに抱かれたろ?」

「えっ……」

「さっきのナオの話聞いてて、その流れで男が我慢出来るはずないさ。俺だったら、間違いなく押し倒すね」

「違う! 飯野さんはナオが求めても応じてくれなかったんだよ。自分を大事にしなきゃだめだって!」

「なんで飯野さんを庇うんだ? そんなにいい人にしたいのか? 俺にウソつくなよ! 抱かれたからこそ、また欲しくなるんだろう?」

「雅樹……」

「俺はさ、別にナオと飯野さんがそうなったからって、責めるつもりなんかないぜ。好きなら当然起こる感情だからな。ただ、飯野さんがナオを受け止められない以上、追ってもナオが辛いだけだろ? どんなに好きだって、報われないんじゃ、引くしかないんだよ。俺も…、真由をあいつから奪う勇気はなかったからな……」

「…………」

「すぐには無理だろうよ。時間かかるかも知んねーけど、少しづつ外に目を向けなきゃだめなんじゃないか?」

「それ……、あたしが飯野さんに言ったセリフだ……」



 店を出る頃には、ナオの気持ちはかなり軽くなっていた。

「やっとナオらしい顔に戻ってきたな。しかし、よくあんな量飲んで平気だよな~。女にしとくには勿体無いぜ」

「可愛げないよね」

「そのギャップがいいんじゃね? かわいい顔して飲んべえなやつでさ」

「か、かわいい?」

「何照れてんだよ」

「照れてないもん! 言われ慣れてるもん!」

「やっぱかわいくねー!」

 雅樹は車に戻ると「どうする? 明日休みだし、このままドライブにでも行くか?」と言って来た。

「あれあれ~? 帰したくなくなったのかなぁ~?」

「ちげーよ。おまえが帰りたくない顔してっから、気を使ってやってんだよ」

「はいはい、そーゆう事にしときますかねー」

「わかったよ。ナオん家に送ってくよ」

「え……、あ……、あの……、ド、ドライブ……、連れて行って……くれませんか?」

「ぷっ、素直でよろし」


 雅樹は海岸まで車を走らせた。窓から入る秋の夜風が、ナオの身体を気持ちよく吹き抜ける。海岸沿いに車を止め、ふたりは外に出る。

「気持ちいいね。酔いが覚めるわ~」

 雅樹はそんなナオの横顔をじっと見つめていた。急に無口になった雅樹に、ナオは首を傾げる。

「雅樹? どうかした?」

「ん? あ、いや、俺達……、友達……だよな?」

「雅樹がそう言ったんじゃん?」

「だよな……」

「何? 変だよ、急に」

「俺も、自分で変だなって思ってんだ」

「自覚ありかよ~」

「だってさ、俺、気が付けばナオの事見てるし、ナオが元気なけりゃ気になるし、ナオが泣いてればほっとけないし、時間が出来れば、ナオの事誘ってるしさ。頭ん中がナオだらけなんだぜ。何でだと思う?」

「お、と、も、だ、ち、だからじゃない?」

「ナオはどうだ? 俺の事、友達だからって、そこまで気になったり、心配したりするか?」

「そんな事……。考えた事ないよ。誘われれば嫌じゃないし、困ってたり、相談事があれば力になってあげたいとは思うよ」

「それだけか?」

 雅樹が何を言いたいのかわかっていたナオだったが、自分の口からは言いたくなかった。

「それだけって……。雅樹は、あたしに何を言わせたいわけ?」

「ふ……。何だろうな……。俺さ……、ナオに惚れてんのかも…………」

 ドッ、キン!

 ナオが、何も言えずに黙ってると、雅樹はひとりで喋り始めた。

「実はさ、真由と別れてから、何回か合コンに行って、デートもしたりしたんだ。けど、ちっとも楽しくねーんだよ。充実感がないっつうかさ。ひとりになると、今頃ナオは何してんだろうって、ナオの顔を思い出して会いたくなる……。ナオといると、不思議と自分が出せるんだ。本音が言えるっつうかさ。それって、完全に気持ちがナオに向いてるって事だろ? ぶっちゃけるとさ。さっきの飯野さんの話を聞いてる時だって、冷静じゃいられなかったんだぜ。そん時確信したよ。俺はナオの事マジなのかも知んねー、ってな」

 ナオは雅樹の気持ちを聞きながら、自分の心を確かめていた。

「同情してるんじゃない?」

「はぁ?」

「あたしが飯野さんにフラれたから、不憫に思ってるんと違うの?」

「ふ……。まさか……。むしろ俺にとっちゃ、ナオの気持ちを引き付ける絶好のチャンスなんじゃねーか? 俺はその事で、ナオへの思いがはっきりしたわけだし」

「チャンス? そんな人の弱味につけこむような言い方しないでよ。軽く思えちゃうじゃない?」

「わりい~。でも俺、自分でも感心するくらい真剣なんだよ」

「感心、って……。使い方間違ってない?」

「間違ってようが、とにかく、俺はマジだって事!」

 雅樹がホントに真剣な顔をするから、ナオもちゃんと向き合った。

「う、うん……。あたしも雅樹といると楽しいよ。気を使わないってゆうか、安心感があるし……。でもそれって、まだ恋心じゃない気がするんだ……。なんてゆうのかな~、ドキドキするようなトキメキ感はないんだよ……」

「俺に足りないのはドキドキ感か~」

「そ、それは雅樹に足りないんじゃなくて……、あたしの気持ちの問題だから!」

 雅樹は少し考えてから「飯野さんの事はあきらめろ」と言ったかと思うとナオの身体を引き寄せ、強引にキスをして来た。

「――――――――!!」

 ナオは離れようとしたが、雅樹の力には勝てるわけもなく、更に強く唇を求めてくる雅樹に、次第に力が弱まって行くのを感じた。


 雅樹……、やめて……。あたし、冷静じゃなくなっちゃうよ……。


 ナオの手が、次第に雅樹の背中に回って行った。





 『想いが届く時』-【9】へ続く-



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『想いが届く時』【7】

2012.09.20(21:30) 724

『想いが届く時』【7】-高まる感情-


 半年後。訃報が届く。阿佐川社長の奥さんが亡くなった。お通夜、告別式が滞りなく済み、アサカワ印刷の社員も送り終えた後、矢城がナオに声をかけて来た。

「お疲れ様でした。ナオさん、社長の奥さんの名前気づきました?」

「……うん……」 

「飯野さんの奥さんと同じ名前なんですね。偶然ですね。漢字も同じなのかな?」

「そ、そうだね。あたしもびっくりした。ホント奇遇だわ……。漢字は違うんじゃない? 知らないけど……」

 矢城はまだ、飯野の奥さんの名前がきょうこだと思っている。
 驚いたのはナオの方だった。矢城には知らないと言ったが、ナオは社長の奥さんの名前が同じ鏡子さんだった事に、一抹の不安を覚えていた。

 ただの偶然よね? 同じ名前の人間は、世の中にたくさんいるじゃない……。

 ナオは自分にそう言い聞かせていた。その時、雅樹が近づきナオに耳打ちをした。

『ちょっと、話したい事があるんだけど』

 ナオは、矢城に「また会社でね。お疲れ様」と言って、雅樹の後を歩いて行った。雅樹は、葬儀場の駐車場では長居出来ないからと言って、車を走らせながら話始めた。

「大変だったな。疲れてない?」

「ちょっとね。神経が疲れた感じ」

「それでさ、ナオに話そうかどうしようか、昨日からずっと悩んでたんだけど、やっぱ、話した方がいいかと思って」

「……うん……」

「社長の奥さんの遺影を見た時、どっかで見た人だと思ってたんだけどさ、ハッと気づいた時、俺の頭にナオの顔が浮かんだんだ。どうしてだかわかるか?」

「……。飯野さん……の事でしょ?」

「えっ! なんで? おまえ、知ってたのか?」

「あたしも、昨日、奥さんの名前見た時、いやな予感がして、不安になってた。でも、同じ名前の人なんていくらでも居るし、そんなわけない! 絶対違う! って思ってた。でも……、今の雅樹の言葉で打ち砕かれたよ……」

 雅樹は土手沿いの空き地に車を停止させた。

「ナオ……。やっぱ、言わない方が良かったかな。俺、ただのチクリ屋みてーになってるし」

「ううん……。雅樹に言われなくても、自分で飯野さんに確かめてたかも知れないし……。雅樹、この事は絶対誰にも言っちゃだめだよ! お願い! 出来れば忘れてほしいくらいだよ。あたしも……、今は頭ん中ぐちゃぐちゃなんだ……」

「言うわけないだろうが! ……。ナオ……。泣きたいだろう? 泣いていいんだぜ。今は思いっきり泣けよ。俺の胸貸してやるからさ」


 ナオは雅樹の腕の中で、暫く泣き崩れたのだった。







 それから数ヶ月が経ったある日、ナオがいつものように帰宅しようと仕度をしていると、飯野が出先から戻って来た。今日もすごく疲れた表情をしている。

「お疲れ様です。飯野さん? 大丈夫ですか? 顔色あんまり良くないみたいですけど。出先で何かあったんですか?」

「ああ……、ナオちゃん、おつかれ~。僕、疲れてるように見える?」

「ええ。……それとも具合でも悪いんですか?」

「ありがとね、心配してくれて」飯野は少し間を空けると、ナオに顔を向け、ためらいがちに言った。

「ナオちゃんさ……、ちょっと時間ある?」

「今、ですか?」

「予定あるなら、後でもいいんだけど……」

「いえ、相変わらず予定なんかないですけど、大丈夫なんですか?」

「相変わらず な、い のか? それは困ったな~」と少し笑いながら続けた。

「体調が悪い訳じゃないから、大丈夫だよ。じゃ、ちょっと、僕に付き合ってもらえるかな?」

 ナオは嬉しいような、恐いような、なんとも言えない胸騒ぎを覚えながら、飯野の言葉に従った。驚く事に飯野は自宅マンションにナオを招き入れた。

「あ、あの……。何で自宅に? 奥さんとお子さんは……?」

「夏休みだから、妻の実家に帰ってるんだ。暫くは帰って来ないから安心して」

「安心て……」

「まあ、座ってよ。今ビール出すから」

「えっ、飲んだら帰れなくなりますよ」

「いやだな~、僕は飲まないよ。ちゃんと送り届けるから、安心して飲んでていいから。今、何か作るから待ってて。お腹空いてるでしょ?」

「えっ……。飯野さん、料理出来るんですか!?」

「料理ってほどのもんじゃないけど、腹を満たすくらいなら何とかなるさ」飯野は冷蔵庫を開け、ナオにビールを差し出した。

「あ、あたしも手伝います!」

「ナオちゃん、料理作った事あるの?」

「ありますよ~。飲んべえは料理も得意なのだ」

「ほんとに?」

「さあ……? 嘘かも……」ナオは笑いながら、手を洗い、飯野の隣に並んだ。

「じゃあ、ビール片手に作るとしますか?」ナオは、思いの外、飯野の包丁捌きの悪さに失笑する。

「飯野さんって、ほんとかわいい。子供の遊びみた~い」

「そうか~? これでも出来上がった味はなかなかなもんなんだぞ」

「それは楽しみ。でも、このペースだとあたし、食べる前に酔っ払いっちゃいそう~」

「ナオちゃんが酔うはずないでしょ」

「あたしだって大量に飲めば酔いますよ~」

「大量に飲めるほど用意してないよ。残念だけど」飯野が茶化す。ナオは、飯野と同じ空間にいる事に心地良さを感じていた。

「さあ、出来た! 食べようか」テーブルには豚キムチ丼、冷奴、大根サラダが並べられた。

「ナオちゃんはやっぱり女の子だね。盛り付けが上手。ちゃんと料理に見えるよ」

「でしょ? 問題は味付けですねー。でもこれ、不味くなりようがないメニューですよね?」と笑った。

「それにしても、ご飯を冷凍しておく知恵も持ってたなんて意外です」

「あ…、それは、うちの奥さんが出て行く前にやっていってくれたみたいなんだ。何もなくても、ご飯だけあれば、飢え死なないと思ったんじゃない?」

「出て行く前って! 大袈裟な言い方しないでくださいよ~」 

 飯野の表情が少し曇った気がした。

「……。さあ、食べようか」ふたりは味の批評をしながら食べ終える。

「普通に美味しかったですね。ごちそうさまでした!」

「普通にって……。ナオちゃんらしいコメントだなあ~」飯野はリビングに移動すると、ソファーに座りナオを呼んだ。

「ナオちゃんも、こっち来て座りなよ」

「は……い……」ナオが飯野の隣に座る。

「ナオちゃんは僕より一回り近くも違うのに、随分しっかりしてるよね」

「してないですよ! まだまだ果実の実ですよ。これからどんどん美味しくなりますから!」

「はは……、じゃあ、食べ頃になったら、僕に食べさせてくれるのかな?」

 ナオはドキッとしたが、必死で冷静を装い、恥じらい気味にジョークで返した。

「もう時機ですよー。食べに来てくださいね!」

「ナオちゃんは楽しいな~。元気で羨ましいよ」

「……。飯野さん? あたしに聞いて欲しい事があるんじゃないですか? だからわざわざ自宅に呼んだんでしょう?」

「……。ナオちゃんは相変わらず勘が働くね。実はそうなんだ……。でも、ナオちゃんの笑顔見てたら、なんだか話すのは申し訳ない気がして来たよ。それに、僕の個人的感情を関係ない君に押し付けるのは、自分勝手過ぎるもんな。いい歳して情けないよ……。今は、ただこうして、誰かと一緒にゆっくり過ごしたいだけなのかも知れない……」

 ナオは、遠くを見ているような飯野に向かってゆっくり答えた。

「あたしは、飯野さんから何を聞いても受け止めますよ。聞いてあげられる器はいつでも準備OKですから。それに……、あたしに話す事で、飯野さんの重たい気持ちが、少しは軽くなるでしょう?」

「ナオちゃん……。君は誰にでもそうなのかい? 誰に対しても、そんな言葉をかけてあげてるの?」

「えっ……。そんな事……、そんな事ないです……。誰にでもだなんて……、ひどいです。誰にでも出来る事なんかじゃないですよ……」

「ごめん……。でも何で僕にはそんな優しくしてくれるのかな?」

 ナオは『好きだから』と言いたかった。でもそれを言ったら、彼はきっと何も話してくれなくなる。今は飯野の心の中を引き出す方が先だ。

「……。何でかな……? 飯野さんの辛い顔を見たくないからですよ、きっと。いつも冗談言ってくる飯野さんに戻って欲しいからかも知れません……」

「そうか……。でもナオちゃんを幻滅させる事になるかも知れないよ。僕は弱くて卑怯な人間なんだよ……」

 ナオは意を決して聞いてみた。

「……。鏡子さん……の事…………ですよね?」

 飯野は暫く固まったまま、ナオの顔を見つめる。

「ナオちゃん? …………。どうして……」

「ここ数ヶ月、飯野さんは元気がありませんでした。あの日以来……。あたしに鏡子さんの事はあまり追求しないで欲しいと言ったのは、鏡子さんが社長の奥さんだったからなんでしょう? 言えるはずないですよね。ずっと辛い思いをしていたんですね……」

 飯野は暫く言葉を失っていた。

「そうか……。そうなのか……。ナオちゃんは知ってたのか……」

「少しでもいいから、話してくれませんか?」


 飯野はナオの語りかけに、言葉を選びながら話始めた。



 飯野は、鏡子が阿佐川社長の妻だと知りながらも、鏡子に惹かれた。鏡子も、飯野の妻が高校時代の同級生と知りながら、惹かれてしまう。お互い気持ちを抑えきれないまま3年があっと言う間に過ぎた。
 2年前、飯野は鏡子から、自分の命は長くはないのだと告げられる。鏡子は、残された日々を、1日でも1時間でも長く飯野と過ごしたいと懇願した。飯野も同じ気持ちだった。お互い妻と夫に背徳の意を感じながら、時間が許す限り、一緒に過ごし、愛し合った。

 そして……、鏡子はついに帰らぬ人に…………。

 飯野は深い悲しみから、食事もろくに喉を通らず、妻や息子の言葉も上の空。鏡子を失った事が、飯野の覇気を奪っていた。それほどまでに深く愛してしまっていたのだ。ある日、飯野は、携帯のデータフォルダの鏡子の写真をぼーっと眺めていたところを妻に見つかり、とことん問い詰められた。もはや弁解する気力もなくなってた飯野は、あっさり告白。決して他人に明かしてはいけない事実。ましてや一番傷付けてはいけない妻に明かしてしまうとは……。彼女は激しく怒り、叱責し、悔しさと情けなさから、暫く考えたいと、家を出て行った。


 ナオは、途中で何度も耳を覆いたくなったが、飯野が話をやめるまでは、ちゃんと聞いておきたかった。

「僕は……、妻と社長を裏切り、騙し続けて来たんだ……。どうしても鏡子を諦める事が出来なかった……。どうしようもなかったんだ……」

 ナオは何て言葉を発していいか悩んでいた。自分でも気持ちの整理がつかないまま、口から言葉が溢れ出てきていた。

「でも……。もう鏡子さんは想い出の中にしか生きてないんです。飯野さんも鏡子さんも、時間の許す限り、愛し合う事が出来たんじゃないですか。辛いのはすごく良く分かりますけど、時間の流れが少しずつ気持ちを取り戻してくれるはずです。鏡子さんだって、自分の分もちゃんと生きて欲しいと思ってますよ。飯野さんが時々彼女を思い出してあげるだけで、彼女は生き続けられるんです。今を見なきゃダメですよ。飯野さん……、あたしも力になりますから! この事を知っているのは、奥さん以外、あたしだけなんでしょ?」

 ナオは何とか飯野を励まそうと必死だった。

「ナオちゃん……。ありがとう…………。僕は……、鏡子を忘れなくていいのかな……」

「忘れられるわけないですよ! 彼女は別世界の人になっただけです。ただ、直に触れ合えない淋しさは拭えませんけど……」

「ナオちゃん……」

 飯野は抑えきれず声を出して泣いた。ナオは落ち着くまで、黙って飯野を抱き締めていた。



「ありがとう、ナオちゃん。僕が人前で泣くなんて、初めてだよ……」

「うん……」

「ナオちゃんといると、僕はなんだか素直になる気がする……。君はやっぱり不思議な子だ……」

 飯野は、ナオを見つめると、顔を近づけ、自分の唇をナオの唇にそっと重ねた。

「――――――!」

 ナオは驚きながらも、抵抗せず、飯野の背中に腕を回す。ふたつの唇はなかなか離れなかった。

「ごめん……。僕は、なんて勝手な事してるんだ!」

「謝らないで! あたし……。大丈夫だから。飯野さんのしたいようにしていいですから」

「ナオちゃん……。ダメだよ……。僕は――――!! …………」

 今度はナオから飯野の唇を奪った。強く抱きつき、激しく唇を求め、シャツに手をかけると、ボタンをひとつひとつ外し始めた。

 飯野はゆっくりナオを離す。

「ナオちゃん……。僕を慰めようとしてくれる気持ちは嬉しいよ。でも、自分を大事にしなきゃだめだよ」

「大事にしてますよ。好きな人を慰める事はいけない事ですか?」

 ナオは感情を抑える事が出来なくなっていた。さっきまでの冷静なナオではなくなっていた。

「ごめん…………。僕が中途半端な事しちゃったからだよね? ほんとにごめん……」

「だから、謝らないでください! あたしは……。本気です。ずっと飯野さんを見て来ました。まだ心の中は鏡子さんでいっぱいでしょうけど、あたしは生きてます。飯野さんに触れる事ができるんです! あたしは……、美坂ナオは、飯野さんが好きなんです!」


 ナオは、心の中に留(とど)まっていた想いが、一気に溢れ出し、自分の抑えきれない気持ちを飯野にぶつけた。再び飯野の唇を求めながら、勢い良くシャツを脱がせる。

「ん……」

 左手を頭の後ろにあて、右手はズボンのベルトに手をかける。飯野はギュッっと抱きしめ返してから、ゆっくり体を離した。

「ナオちゃんにここまでされちゃったら、僕だってがまんできない……」

 飯野はナオを抱き抱えると、ベッドに寝かせた。飯野の愛撫は、終始優しく、時に激しく、ナオは何度も求め、ますます飯野に惹かれて行くのだった。



 翌朝、飯野は日が昇る前に、ナオを家の近くまで送って行った。

「ナオちゃんの気持ち、ほんとうに嬉しかったよ。ありがとう」

「お礼を言うのはあたしの方です。とっても嬉しかったです……」

 ナオは、また会いたいと言う代わりに、飯野の唇にそっと指をあて、車を降りた。飯野に抱かれた身体の感触は、ずっとナオの脳裏に焼き付き、全身を支配していた。



 それから数日間、ふたりは何事もなかったかのように、仕事をこなした。そして数日後の夜、飯野からメールが届く。長い文章だった。


『今日も一日お疲れ様。
 この間は朝まで付き合わせちゃってごめんね。ナオちゃんの気持ち、本当に嬉しかった。君が言った言葉で、僕はこれからやるべき事が見えて来たよ。確かに僕らは生きて行かなくちゃならない。ただ、このまま君に甘えてしまったら、僕はまた妻を裏切る事になる。僕は家族を守る義務があるんだ。今更偉そうに言える立場じゃないけどね……。だから、ちゃんと妻と向き合い、彼女を愛し、息子と共に生きて行く事に決めたんだ。まあ、妻がそんな僕を受け入れてくれたらの話だけど。時間はかかるかも知れないけど、僕はそれをしなきゃいけないんだよね?
 ナオちゃんはまだ若いし、僕みたいなおじさんじゃなくて、ムキムキのイケメン男子と恋愛をしなきゃだめだ。大丈夫、ナオちゃんはかわいいんだから、きっと幸せがやってくるから。自信を持つんだよ。本当は、会って話したかったけど、会うとまた甘えちゃいそうで……(笑)。明日からまた仕事よろしくね。じゃあ、おやすみ。いい夢が見られますように』


 ナオは何度も読み返し、涙が止まらなかった。

「飯野さん……。いやだ……。あきらめらんないよ……。いい夢なんて無理だよ……」 

 ナオは、一睡も出来ずに朝を迎えた。




「ひどい顔…………。これじゃ会社いけないわ……」

 一晩中泣いたナオの顔は、目が腫れ上がり、浮腫んでいた。仕事する気分になれそうもなかったし、その日は会社を休んだ。

 仮病で。

 その日の夜、雅樹からメールが届く。

『頭痛いの治ったか? ナオでも具合悪くなる事あるんだな〜。まぁ、ゆっくり休め。つっても、もう夜か(笑)。無理すんなよ。なんなら、見舞いに行ってやってもいいぜ?』

 何だよ。その上から目線。

 少し経って、矢城からも。

『具合はどうですか? ナオさんが休むなんて珍しいから心配してます。何か差し入れしましょうか?』

 ふたりともありがとう。あたしだって体調崩す事くらいあるよ。

 仮病だけど。

 そして飯野からも来た。

『頭、回復したかな? ナオちゃんが具合悪くなるなんて珍しいね。まさかとは思うけど、僕のせいだったりする? 僕の一方的な思いだけを伝えちゃったから、ナオちゃんが傷ついてしまったんじゃないかと、気にはなってたけど……。ナオちゃんがいないと、何となく事務室が静かだよ(笑)。とにかくお大事に』


 飯野さんまで……。あたしって、そんな丈夫そうに見えるのか? 飯野さんのせいだよ、って言いたいけどね……。やっぱりあきらめるしかないの? 無理…………。今は無理……。こんなに好きなのに、簡単には冷めないよ……。愛してしまった。好きになっちゃいけないってわかってたのに…………。ちゃんと飯野さんの顔見られるかなあ? この気持ちをどうやっておさめろって言うの?

 ナオは葛藤しながら、やる気のない返事を3人に返した。

『ご心配ありがとう。回復しなくても、とりあえずは仕事がんばります』

 botのようだった。


   

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